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グログー、自己肯定感つよつよなのはマンドーさんのおかげみたいなのを見掛けたけど、何か赤ん坊の頃にジェダイ保育園(違)に親と引き離されて引き取られて、そこでは多分君らはとても特別な能力を持ってて特別な存在だから特別な扱いが必要なんだって散々言われて、割と素直にそうか自分には何か特殊な能力があって特殊な存在なんだなって、子どもだったら刷り込まれるよね。そんな中で虐殺事件があって、自分は助けられて隠されて逃げ回って、その間にまた「君は特別だから(帝国に)奪われたら大変なことになる」って散々言われたろうし、そうか、自分は何か特別だからこんな扱いでも仕方がないんだ、日陰で一生生きるんだみたいに思って、さらに逃亡生活で丁寧に子どもとして扱われたと言うこともあんまりなかったろうから、そこで一種のそういうものみたいな、子どもらしくない諦観みたいなものも芽生えて、でも「(良いこととは思ってなくて)自分は特別である」と言うのはずーっと張り付いてて、そこにマンドーさんが現れて、明らかに自分を守ってはいるけど、特殊とか特別みたいな扱いは特にせずに、「壊すとまずい預かり物/届け物」と言う程度で、何か、グログーの価値を知らない人と言うのが初めてだったんじゃなかろうかと言う気がする。そこで何か、グログー的には自分を特殊扱いはしない(でも大切には扱ってくれる)人、みたいな、何かとにかく、マンドーさんはグログーが今まで一緒にいた人たちとは違ったんだろうなあと。何か、自我は最初からしっかり育ってた気がするんだよなグログー。「何か自分は特殊で特別らしい(面倒な感じ)」と言うところから、「自分は特別だからマンダロリアンの相棒になれる」と言うところから、元々あった自分はこういう存在と言うのから、「自分は自分と言うだけで、このマンダロリアンに大切にされて愛されている」と言う辺りへの変換と言うか、でもその変換は、マンドーとの付き合いの中でしか生まれなかったものなんだろうなあと。あんな乳飲み子みたいなの片手に抱えて無茶ができると言う、そういう能力持ちのマンドーさんだから、グログーは、「別に隠れなくてもいいんだな、自分はここに堂々といていいんだ」みたいな、何かそういうの。自己肯定感と言うか、自分は特別な存在であると言う自覚はとっくにあって(だって事実だから)、それを、それが自分と言うものであり、そのことでこのマンダロリアンは自分と厭わしがったり面倒がったり遠ざけたり消したり利用したりみたいなことはしないんだな、単純に、自分をいとおしいと思って傍に置いてくれてるんだな、便利に使える道具だからと言うわけじゃないんだな、と言うのを理解して、じゃあマンダロリアンと一緒にいる限りは自分は自分でいられる、と言う辺りの浮かれようと言うかはしゃぎっぷりと言うか、そこからの、あの子どもらしさの発奮と言うかわがままにも見える振る舞いと言うか、そもそもあんな境遇であんな子どもらしく振る舞えるとかある??トラウマは??って思うじゃん。トラウマは記憶喪失によって抑圧されてるんだろうけど、それにしてもあの子どもっぽい振る舞いと言うのは、もうあの時点で、グログーはマンドーさんに対してすごく安心してたんだろうなあと、そう思った。だからマンドーさんがグログーを何かほっとけない、何か可愛い、何かいとおしくて仕方なくて手放したくないので一緒にいます、みたいに決めたのと同時に、グログーの方も、この人と一緒にいたい、この人が好き、と思ったんだろうなあと。最初から割と両想いだったんだねって言う、そういう話。グログーは意外と最初から図々しい幼児性をきちんと持った、きちんと幼な子です、と言うのを言いたかったのに両想いって言うところに落ち着いた。あれ?
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